08/10/13
あの青空に祈りを捧げ 第20話
・親父プロジェクトその2〜出会い〜
毎週木曜日。俺は行きつけの居酒屋へいく。今日も颯太の帰りが遅い。俊之君が来る様子も無いので、もう家を出てしまおう。
適当な服を着て、財布だけを持って居酒屋へ向かう。徒歩で15分程度の場所だ。颯太には仕事へ行くと言って押し通している。多分、これもばれているだろう。
薄暗い橙色の空、いつもの居酒屋の暖簾(のれん)をくぐった。
「らっしゃい! 一ちゃん!」
威勢よく叫ぶのは俺の高校時代の友人の『平 次郎(たいら じろう)』この店の主人でもある。次郎は俺の事を『伊ちゃん(いっちゃん)』と呼ぶ。そして、俺は『次郎ちゃん』と呼ぶ。
「次郎ちゃん。今日も席はあるかい?」
「もちろんだとも。伊ちゃんの専用席だもんな」
そして、俺は4人用の席についた。いつもの店の端っこの、カウンター席が見える席。
「いつもの焼酎ね」
次郎ちゃんはテーブルに焼酎の入ったグラスを置いた。
「お、サンキュー……」
俺はフッとカウンター席の方を見た。一番壁側の席で1人寂しそうに飲む女性を見つけた。何だか雰囲気が俺に似ていた。何だか、あの人と話したくなった。
「次郎ちゃん。悪いけど、席移ってもいいか? あの、女性の隣」
俺は女性の横の席を指差した。
「へ? 別に構わないけど」
「悪いな」
俺はグラスを持って女性の横に席に座った。
「ここいいですか?」
「……別に」
その女性は何かを疑うかのような目で俺を見つめていた。薬指に指輪をしている。この年では子どももいるだろう。
「こんな時間から飲んでいていいのですか? お子さんが待っているのではないのですか?」
「……私の娘は、病気で入院しています。肺が生れつき悪くて……元気だったら、高校2年生になっていたのに……」
「病気でしたか……俺、余計な事聞いちゃいましたね」
「いいえ、『話を聞いてもらえるだけで、結構楽になるんですよ。』」
その女性はグラスの中身を飲み干した。そして、おかわりを要求した。次郎ちゃんがグラスを回収をした後、その女性は俺の事を見た。もう、警戒心とかはないようだ。
「もっと、聞いてもらえますか?」
「いいですよ。俺にも高校2年の息子がいますから。とても、人事に思えないですね」
俺は、グラスに口をつけた。変わらない味。やっと一週間が経ったと思える。
「娘は中学生になったときから、ずっと入院しているんですよ。娘を治すには肺の『移植』しかなくて、私がドナーになることが決まっているのですが……お金が足りないんです」
「……」
俺は黙って聞いていた。とても、人事には思えない。
「夫は大分前から行方知らずで、私がいくら働いても、入院費をやっと払うくらいで……」
「なら、俺が代わりに……」
その女性は首を横に振った。
「これは私の家族の問題です。だから、結構です」
俺は立ち上がり、少し強めの口調で。
「なら、何でこんなところで飲んでるんですか? こんなところで飲んでいるんだったら、手術費に回したら……」
俺は、途中で座った。頭を冷やした。
「すいません。ちょっと、熱くなりすぎました。ならば、酒代くらいは出しますよ」
「え……そんな」
彼女が静止しようとする中、俺は次郎ちゃんを呼んで『彼女の分も払うから』と言った。
その後も暫く飲んで、同時に店を出た。
「今日はありがとうございました」
彼女は一礼もニ礼もした。何だか、はじめてみた時より元気になっていた。
「俺、毎週木曜はここで飲んでいるので、何かあったらどうぞ。おごりますよ」
「……はい」
彼女は静かに言った。もしかして俺、しつこかったかな?
「もし良かったら、お名前を教えていただいてもらってもいいですかね」
そして、彼女は名乗った。
『月見野 恵理子(つきみの えりこ)』と……
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