07/12/31
いのししレース ピキョ村のキピ 後編
〜雨の月〜
この月は殆どの日が大雨であるため、なかなか、森に行くことは出来ずに、雨の中家の周りを走るくらいしか出来なかった。
そんなある日、キピの家に来客が来た。
「キピ、いる?」
ドアを必要以上にノックをする音が聞こえた。
「はいはい、誰ですか?」
キピは誰だかわかっているような口調で言いながら、ドアを開けた。そこに立っていたのは、キピと同い年の幼馴染みである『キラ』だった。
「入っていい?」
そういいつつキラは既に家の中に入っていた。
「どうぞ、入っちゃってよ(もう入ってるけどね……)」
2人は無言のまま、リビングに入り、椅子に腰掛けた。
「それで、今日は何で突然?」
「お兄ちゃんから聞いたけど、ウリちゃんと特訓してるんだって?」
キラはキピの目の前で指で渦を描いていた。因みにキラの兄はキロなのでである。
「そうだけど……何?(冷やかしに来たの?)」
キピはキラの手をテーブルに軽く叩きつけた。
「んとね、それでお兄ちゃんがトレーニング器具を貸すっていてたんだけど……」
「その、器具は持ってきたの?」
「うん、もう外に置いてあるから自由に使って良いって、じゃあ私はこれだけだから」
キラはそう言って、椅子から立ち上がった。
「わざわざ、ありがとね」
2人は玄関の方まで歩いて、キピはキラを見送った。それと同時に、玄関の横においてある物体を見た。
「これが器具か……」
それは、タイヤにロープが付いているというシンプルなものだった。
「ウリ! また、頑張ろうね」
しかし、ウリは雨の中気持ちよさそうに眠っていた。
〜初夏の月〜
雨は殆ど降らず、絶好の特訓日和である。
「今月はキロが貸してくれたこの器具で……頑張ろうね」
ウリの体にロープを巻きつけ、準備万端である。
「ウリ! 走れ!」
その声でウリは目を開いて、足に踏ん張りを入れた。しかし、ウリの体は全く動かなかった。
「重いの?」
しばらくの間はこの調子だったが、数日経過すると……
「ウリ、すごい!」
ウリは何食わぬ顔で、タイヤを引っ張るウリがいた。
毎日毎日特訓するウリは、少しずつ強くなっていった。
〜夏の月〜
森や広場には蝉の鳴き声が木霊していた。
ウリはそのタイヤが再起不能になるまで、使い続けた結果走る速さが格段と上がっていた。
「久しぶりに僕と勝負しようよ」
キピはウリに指をさして言った。すると、ウリは寝ているのか――の顔で、位置についた。それに、合わせてキピもウリの横についた。
「じゃあ、よーいスタート!」
2人は、同時に走り始めたが数ヶ月前と違ってウリは圧倒的な速さで走り始めた。
「は……速い!」
そして、キピが圧倒しているうちにもう一度ウリに抜かされてしまった。しかも、ウリは全く同じ速度で走っていた。
「そうか、ウリは初めから終わりまで同じ速さで走るんだ」
ウリだけでなくキピも少しずつ強くなっていった。
〜初秋の月〜
森や広場が赤く色づく季節がやってきたが、2人は相変わらずの調子だったそんなある日。
「ウリ、今日は負けないからね」
2人の競争が始まろうとした時、複数の何者かがやってくる気配がした。
「……誰だ!」
森からやってきたのはあの少年たちが立っていた。その手には石のようなものが握られているようだった。
そして、キピはその少年たちを睨んだ。
「誰かと思えばかの有名な『亀』と、その飼い主か……丁度いい、あの時のお礼をさせてもらうぜ!」
少年たちは一斉に手に握っていたものを2人に投げつけてきた。
「ウリ! 危ないっ!」
キピはウリを守るためにウリの前まで走り仁王立ちをした。しかし、ウリは鼻でキピを頭の上に乗っけると今まで殆ど開いていなかった目を見開き、飛んでくる物に向かって突っ込んだ。
ウリは勢いで飛んでくる物体をキバで跳ね返し、少年の一人に真っ直ぐ走っている。キピを含めここにいた全員が一斉に目を瞑った。
「っ!」
森に静けさが訪れ、キピは目を開けるとビビッて動けなくなって立ちすくしている少年を寸止めで立ち止まったウリの姿があった。
『ど……よ』
キピの耳に薄っすらと聞こえる声が入った。そして、ウリは少年たちを鋭い目つきで睨み付けた。
「な、何だこいつ生意気な…………畜生!」
少年たちはそう言い放って、逃げていった。
「今の声って……ウリ?」
しかし、ウリはいつもの目つきに戻っていた。
〜秋の月〜
この辺り一帯は少しずつ、涼しくなっていた。
「後三ヶ月で――」
キピのその声にウリはゆっくりと頷いた。
「お〜い、キピ! ウリ!」
突然やってきたのはキラだった。
「何で、ここに?」
「お兄ちゃんがここで頑張ってるって聞いたから応援……にね」
キラは背負っているリュックから包みを取り出した。
「はい、お弁当。後で一緒に食べようね」
その荷物をキピに渡した。
「う、うん……けど、持っててもあれだから」
キピはキラに包みを返した。2人の顔は少し――。
「よぉぉし、頑張って練習だ!」
キピもウリも張り切って練習を始めた。そして、それを見るキラの姿があった。
ほぼ毎日、キラがやってきてキピもウリもどんどん強くなっていった。
〜初冬の月〜
広場にも少しずつ雪がちらつき始めた。相変わらずキラは練習を見に来ていた。
「私だって、負けないんだから」
ウリとキピの競争にもたまにキラも参加する時があった。決まって順位はウリ、キピ、キラの順だった。
「ああ、悔しい! ……けど、ウリ……強くなったね」
キラはそう言ってウリの鼻を撫でた。
「……あれ?」
キラは驚いてキピの事を見た。
「ウリがしゃべった気がするんだけど……」
もう一度キラはウリに触れた。
「キラもなの?」
キピも驚いた表情だった。
「私もって……キピも?」
「これって何なんだろう?」
2人で顔を合わせて悩んでいた。
次の日、キラはキロを連れてきた。
「キピ、お兄ちゃんがそのことを知ってるって」
キラはキロを押して前に出した。
「ウリが喋ったことについてだが……」
キピもキラの興味深そうにキロの顔を見た。
「……俺らピキョ族は、触れた動物と心通わせれることは、知ってるだろ? そして、その動物が『親友』と見なせばお互いの言葉が通じるようになるんだ……第一、お前ら自身もそれなりに成長しなくてはいけないんだけどな」
「だから、聞こえてくる言葉が途切れ途切れなんだ」
キピはウリのことを撫でた。
『き……る?』
少しずつだが、ウリが積極的に話しかけてくるようになってきた。
「後二ヶ月だな、俺もウラの調整をするから帰るな……頑張れよ」
そう言って、キロは帰っていった。
「私たち……何時になったらウリとちゃんとお話できるようになるかな?」
キラもウリのことを撫でていた。
「さぁ、きっともう少しだよ」
キピとウリは今まで通り練習を始めた。
〜冬の月〜
この月が終われば年が明ける……すなわち、あと一ヶ月でいのししレースが開催される。
「ウリ、後一ヶ月だ……頑張っていこう!」
キピはウリを撫でた。
『そう……ね』
まだ、途切れ途切れながらなんとなくは言葉が通じるようになってきた。
キラもよく見に来ていた。
「頑張れ! 2人とも!」
――そしてとうとう猪の年の初の月がやってきた。
『今年のいのししレースはちょっと違う! 12年に1度の猪の年だぁ!』
今年も鳥に乗った実況が空を飛んでいた。因みに猪の年のいのししレースは盛大に行われ、優勝者には賞状だけでなくその家が12年所持できる大きなトロフィが送られるのである。
そして、無論キピやキロも参加する。
『さぁ〜て! 出場する選手はスタートラインに集まってください!』
キロとウラ、キピとウリは別々の場所に並んでいた。
「ウリ……大丈夫だよね」
キピはとても自信に満ち溢れた表情だった。
『大丈夫、今まで頑張ってきたのだもん』
ウリは起きているのか寝ているのかわからない表情で答えた。
「……うん、頑張ろうね」
『選手が揃ったようです! では、位置について……』
選手が一斉に身構えた。
『よ〜い!』
キピとウリも身構え、ウリは目を見開いた。
『スタ〜トォォォォォォ!』
実況の声にあわせ全てのいのししが一斉に走り出し砂埃が舞った。
『今年もいつも通りの順番……では、ありません! 1組の選手がものすごい速度で先頭にたどり着こうとしています! それは……キピとウリだぁ〜! 去年と違って速い速い! 尋常じゃありません!』
そして、ウリはキロとウラに追いついた。
「キロ……負けないよ」
「こっちだって!」
両者とも同じ速度で平行して走っていた。
「ウリ! 僕たちが勝つんだ!」
『もちろん!』
2人の目にはゴールとキロ以外何も見えてはいなかった。
そして……
『ついに、ゴ〜ル! 非常に僅差です! 判定の結果このレース、勝したのは――――!』
小さな小さな少年が誇らしげに木でできたトロフィーを両手で持ち上げている……
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