07/12/02
祭囃子〜記憶の隅に〜 最終話
「あの時、助けてくれたのは君だったんだね……えっと……」
『まつりでいいよ。元々、名前なんかなかったし』
まつりの表情はわからないものの、口調は少し微笑んでいた。
「俺がこんな感じに、会話できるようになったのは、君が助けてくれてからだったんだ。それ以来、ここに来ないといけない気がしてたんだ。何故か、わかった気がする。だって、何時だってまつりが見ていてくれたんだ。あの時からずっと。俺が、ここに遊びに来たときも。悩んでここにきたときも。高校受験で願掛けに来たときも。報告に来たときも。ずっとずっと……」
何だか、よくわからない感情がわいてきて祐樹の目からは涙が溢れてきた。しかし、手は離せなかった。まつりも今にも泣きそうな声で……
『そうだよ。そして、これからも……』
「来ていい? いや、暇があったら来るから。これからも――」
その時、まつりの鼻先に白い氷状のものが降りてきた。
「雪だ。道理で寒くなってきた訳だ」
祐樹は白い息を吐いた。声は寒さで少し震えていた。
『祐樹が風邪引いちゃう。今日はもう帰ったほうがいいよ。今日じゃないと、いけないわけじゃないし。明日でも明後日でもいいから、待ってるから……』
「……」
祐樹はコートを脱いで、まつりの背中に乗せた。防寒着を脱いだため、祐樹はいっそう寒そうにする。
「まつりも寒いだろ? じゃあ、また明日来るから」
『うん。ありがとう……私、また人間になれるかな?』
祐樹はまつりのつぶやくような声を聴いた瞬間に走り出した。その言葉に複雑な気持ちになった。
「わからないけど、また、なれればいいな」
叫ぶかのように祐樹は言った。そして、神社から立ち去った。実る事のない恋。それが実るようにと、願った。今日の事はどんな事あっても忘れない。記憶の隅にでもどこでもいいから置いておくんだと。
次の日の事である。新聞に『神社の狛犬の一匹が行方不明になった』という記事が載ったのは……
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