07/10/27
オレと兄貴と私がいるから 最終話
今日は8月30日。要するに夏休みは後二日しかないと言う事だ。
オレは珍しく朝早く目が覚めた。もう眠れ無さそうだったのでベットから降りて、リビングへ向かった。
「おはよう」
兄貴も姉ちゃんももう既に起きていたので、挨拶をした。返答は無く、何かおかしいと思ったがオレは黙ってソファーに座ってテレビの電源をつける。
ニュースのアナウンサーの声のみが部屋に響いていた。空気がとても重く感じられる。もう一度、部屋を見渡してみる。姉ちゃんは椅子に座って珈琲をすすっている。兄貴なんかうつむきながら台所で作業をしている。やっぱり変だ。
「なあ、何かあったのか?」
何か聞いてみる。正直なところ、まともな返答は期待していない。
「……」
「……」
二人とも黙りこくっている。オレはソファーをガタッといわせて立ち上がった。
「何があったんだよ!」
蝉の鳴き声はおろか鳥の声すらしない。ニュースのアナウンサーの高く頼りない声のみが響いていた。
「海晴……」
「海晴ちゃん……」
二人の声が同時に響いた。そして、お互いに譲り合う素振りを見せていた。
「もしかして、結婚するとかじゃないよな?」
まさかな。冗談である。緊迫した状況でこんな事を言うのもおかしいけどな。
「実は……」
先に口を開いたのは姉ちゃんである。まさか、本当に……
そのときである。異変に気がついたのは。オレは目を疑った。なぜならば、姉ちゃんの向こう側の壁が見えたからである。分かりやすくいえば透けているのであった。
「姉ちゃん!?」
オレは慌てて姉ちゃんのもとへと駆け寄った。姉ちゃんは寂しそうな顔をしてゆっくりと立ち上がった。
「ごめん海晴ちゃん。私、今まで嘘ついてた」
姉ちゃんはひざを突いて座り込んだ。時間が経過する毎に姉ちゃんは薄くなっているようだ。最後には消えてしまいそうだ。
「なぁ、何かの冗談だよな……兄貴と姉ちゃんがオレのことを驚かそうとしてんだよな?」
オレは兄貴の事を見た。兄貴は作業を止めて横を向いてうつむいていた。姉ちゃんの事を見るとゆっくりと首を左右に振る。
姉ちゃんが消えてしまう。そう思うと涙が溢れてきてしまった。
「私の本当の名前は『早瀬海晴』。大事な人とけんかをしたって言うのは嘘で、本当は未来からやってきたの。信じてくれないかもしれないけど」
少しずつ、後ろの壁がくっきり見えるようになってきた。未来から……そういえば、思い当たる節があった。
「本当に……未来のオレなんだな?」
「そうだよ。私はあなたに元気付けるために、辛い過去を断ち切ってもらうために、これからの明るい未来を与えるために来たの。けど、もう時間だから……帰らなければいけないの……」
「姉ちゃん……」
オレは姉ちゃんに思いっきり抱きついた。折角家族同然になったのに、突然帰ってしまうなんて……突然すぎだ。けど、この人が未来のオレなら安心だ。
「オレ、姉ちゃんみたいになれるよな?」
「もちろんだよ。だって、あなたは私でしょ?」
「けど、帰っちゃ嫌だよ。お願いだよ……」
体重を姉ちゃんにかける。姉ちゃんは優しくオレの頭を撫でる。
「お別れじゃないよ。だって、私とあなたは同じ人間じゃない」
「……」
もうオレは、声を出す事すらできない。姉ちゃんは消える寸前だ。
「また、来てくれるのだよな」
しかし、姉ちゃんは首を横に振った。
「私のときは一度っきりだった。必要以上に既に変わっている過去を変える必要は無いから……もう、時間みたいだね。じゃあね、過去の私――
『また、会いましょう』
そう言って、姉ちゃんは消えてしまった。横を向いてうつむいていたままの兄貴がゆっくり口を開いた。
「ごめん、海晴。いままで、黙ってて……」
オレは「えっ」と声を上げて兄貴の胸倉を掴んだ。身長差がありオレは背伸びをした姿勢になる。
「何で黙ってたんだよ!」
「ごめん……海晴」
兄貴の目から大粒の涙がこぼれていた。オレはこのまま崩れ落ちて、意識がなくなっていた……
そんな事がありながらもオレは学費が安くバイトができる高校へと入学した。高校では同じ中学出身の奴らがいなく祐司の勧めもあり一人称を「私」へと無理矢理変えた。勉強とバイトをするうちあっという間に慌しい高校生活は幕を閉じようとしていた。大学受験もそこまで苦は無く成功と共に兄貴は無事に医者になれた。たまに大きな手術に携わるらしい。
――大学は彼と同じところに行き、同じ研究を進めていた。もともと、私の研究部屋には「時を越えられる」という噂の鉄製の椅子が設置してあった。私と彼、及び仲間たちとその研究してついに使用が出来るまでになった。不安なために誰も実験をしようとしなかったため、私は立候補をして実験台になる事にした。私には不安が無かった。何故なら、行こうとする過去には――
『オレと兄貴と私がいるのだから……』
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