09/03/30

暗黒の契約 第5話


杖の力を使用していた『加藤 祝詞(かとう のりと)』はついに押してはいけないスイッチを押してしまったのである。


彼は部屋の隅に2つの光る何かがあった。暗いところに慣れた目で見てみると、それは……

「狐……」

彼は言葉を漏らした。そう、その光っていたものは狐の目であった。それだけでなく、その横には『誰か』が立っているようだった。

「誰だ!」

床に落ちていた杖を拾った瞬間にドアに向かい横にある部屋の明かりをつけた。更にはそれと同時に、その『誰か』を確認した。そこに立っていたのは彼と同い年ほどの金髪で大人しそうな少女が立っていた。

「き、貴様、何者だ……」

彼は杖を強く握り警戒しきった声で言う。杖のスイッチを押してしまった以上、全ての生き物が敵になったといっても過言ではないだろう。しかし、彼女は表情一つ変えずに口を開いた。

「私は貴方の持っている杖を人間として形にした感情意識です。貴方は私のボタンを押されましたね。では、これから貴方が使用した分の魔力の精算を行います」

彼は逃れようと手に持った杖を落とし部屋のドアノブに手をかけた。しかし、鍵がされているかのように開かない。非常に焦った顔で、彼女の事を見る。

「無駄です。私の魔力で扉を一時的に封印させていただいています」

それでも、ドアノブを何度もひねる彼。そのまま彼女は語り続ける。

「貴方は私を『7回』使用しました。1回目は人間を動物の姿に変えました。2回目は貴方の母親を転倒させました。3回目は建物の爆破。4回目は私の縮小。5回目は貴方の担任の転倒。6回目は貴方の担任の頭上に物を落下させました。7回目は物の初期化」

彼は彼女を見たままドアノブをひねり、息を呑んだ。

「……さあ、身をもって精算するのです!」

彼女が手を挙げると、ドアが外れ彼はよろめきながらも部屋の外に出ることが出来た。彼は一目散に階段に向かった。

「さぁ、行きなさい……」

さらに彼女は狐に指示をした。その狐は物凄い速度で彼に向かっていく。

一方彼だが、階段を下り始めようとしていた。しかし、丁度その狐が追いつき彼に体当たりをした。

「……ぁっ!」

ガタガタと音を立てて彼は階段を転がり落ちた。倒れこんだ体勢意の彼は壁に体重をかけゆっくりと立ち上がった。それと同時に彼の頭部に重くて角ばった物がぶつかり、粉が大きく舞った。再び、倒れこんだ。

「ゴホッ……ゴホッ」

粉を吸い込み、咳き込む彼はその角ばったものを見た。

「ク、クリーナー……」

その物を確認した途端、黒板消しクリーナーも中の粉もきれいに無くなっていた。

今度は台所の方で何か気体が漏れているような音が聞こえてきた。何を思ったか彼はその音の元を確認するべく、台所へ向かった。

台所に入った途端、空気が薄く違った匂いがすることにに気が付いた。

「ガス……!」

漏れているのは、可燃性のガス。ガスコンロから漏れているようだ、このままでは非常に危険である。彼はガスコンロまで走った……のだが途中で転倒をして、ガスコンロを着火させてしまった。

「……ん、な!」

火が部屋いっぱいに充満した可燃性ガスに引火をして、大爆発を起こした。

彼の家のみが一瞬のうちに全焼。彼は敷地の真ん中に横たわっていた。奇跡的に怪我は負っていないものの精神的に参ってしまい、体が動かない。そして、彼の前に誰かが立っていた。先程の彼女だった。

「最後に一つお聞きします。貴方はどんな動物が好きですか?」

彼はゆっくり顔を起こし、かすれた声で答えた。

「カラスだ……賢く、空だって飛べる……」


「分かりました、これで私の役目は終りです」

彼女の姿はゆっくりと消えていった。それと同時に、彼は違和感を感じた。

周りの景色が大きくなっていた……違う、彼が縮んでいるのである。その時、彼は思い出したのだ。今まで、自分が杖を使って起こしたことが自分の身に降りかかっていることに、そして、残っているのは『杖を縮ませた事』と――

「これで、良かったのかもしれないな……」

彼は黒い翼と変わった自分の腕を見て笑みを浮かべた。そして、カラスと生まれ変わった少年はゆっくりと目を閉じたのだった……祝詞は憂鬱な日々から本当に解放されたのだ。


同時刻フードを被った少年は『あの杖』を持って、彼の通う高校の屋上に立って彼の家を見ていた。

『今回も駄目でしたね』

杖は少年に話しかける。

「我らには時間が無い」

『そうですね。では、私をここに……』


少年うなずき杖をその場において、風のように姿を消した。それと同時に屋上のアスファルトに落ちていた新聞紙が巻き上げられた。


『女性失踪の謎。近所の主婦を誘拐殺人の疑いで逮捕。名前は加藤――』

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